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看取り

2016.06.15

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 昨日一人の人生の終わりに立ち会いました。 この方はホームに入居されていたのですが、途中で脳出血で入院されその後療養病院に転院されていました。 直系の親族がおらず、私と義理の弟さんで対応していました。 月曜日に面会に行ったとき、尋常な状態ではなく、昨日胸騒ぎが有り病院に行くと私の呼びかけにも答えず、体は冷たくなっていました。 急いで看護士を呼ぶと、3時までは「生きていた」と言います。 主任看護師の表情は、「あら、ヤダ、死んでる」言葉には出ませんでしたがこんな感じです。 機会を取り付け心電図を見ても波形は出ません。 医師から経緯を聞き死亡宣告を受けましたが、何ともです。 覚悟は出来ていたので、次の段取りに進んだのですが、運悪く町内の葬儀場には5つも葬儀が入っており、北見で行う事になりました。 運が悪とは言いませんが、この方の波乱万丈な人生を象徴しています。 思うのですが、故人の人となりを披露できる場面も無く、静かに消えて行く人がこれからどんどん増えるでしょう。 故人に対する尊厳・畏敬の念は薄れ、機械的に「始末」そんな風潮が広がっている様に思えます。 火葬にも立ち会い、長い闘病お疲れ様と言います。

粘り腰

2016.06.14

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 大相撲で土俵際まで押し込まれながらも、必死にこらえ土俵を割らない姿を粘り腰などと言いますが、今の舛添さんはまさにこの状況です。 ここまでくると、行事がマッタ水入りと言いたいところですが、それを舛添さん自身が自らの口で言ってしまいました。
リオオリンピック後まで不信任案提出を猶予頂きたいと、こう来ちゃうとそれも有かなと思ってしまいます。 都議会では自民党を除くすべての会派が不信任案を提出する構えです。 舛添さんが選ぶ道は2つ、辞任か議会解散か、どちらにしてもお金のかかる話です。 東京都が選挙を行うとなれば、費用が40億ほどかかると言います。 経済効果はあるでしょうが、果して都民にとって喜ばしい事なのか良く分かりません。 テレビで見ている私の感想は、地方巡業で本番前に行われる初っ切り相撲の様に見えてなりません。  相手のマゲをつかんだり、水を吹きかけたりするやつです。 野党がしっかり押し切らないでいると、頭の良い舛添さんの打っちゃりを食うかもしれません。 まだしばらく、舛添さんの一人相撲が続きそうな気配です。

大運動会

2016.06.13

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 週末は何処でも、運動会真っ盛りです。 町内の運動会も昨日で終了。 お天気にも恵まれ、親戚縁者皆集まり、楽しい思い出を作った事と思います。 一つ寂しいのは、やはり子供の数が少ない事です。 昔は校門のところに「大」運動会なんぞと看板が掲げられ運動会気分を盛り上げてくれました。 近頃は、生徒の数より、観客が多い状態です。 それを実感したのは、先週帯広に行く途中、陸別の中学校の運動会に遭遇しました。 グランドが道路より低いところにあるので、全体像が良く見えるのです。 大きなグランドに、男女の列が12列、一学級2クラスと言うところでしょうか。 観客と生徒がほぼ同じ、お昼なれば一族郎党が集まりもっと賑わうのでしょうが、それにしても、それでもグランドはスカスカです。 昔は、もっと賑やかだった事を思えば寂しいかぎりです。 陸別に限らず、北海道のどの町も同じことが言えます。 来週、新得でそばの段位認定会があります。 同じ日に、高校生のそば打ち選手権がありましたが、今年は中止となりました。 諸般の事情とありましたが、運動会と同じ状況です。 主役が居ないのでは始まりません。 「大運動会」の看板をもう一度観たいものです。

インタビュー

2016.06.11

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 海老蔵さんのインタビュー、ベッキーのインタビューとマスコミは傍若無人に相手の懐に入って来ます。 芸能人である以上、マスコミとマイクから逃げるわけには行きません。 人気者の辛さと言うか、宿命です。 海老蔵さんのインタビューとベッキーのインタビューは様相が違いました。 海老蔵さんの場合は、病と闘っている居る妻の話で、マスコミも言葉を選んで聞いているところがありました。 ただ、病状のステージを聞いたマスコミには腹立たしくなりました。 本人、きわめて厳しい状況と言っているのですから、そこは察すれよと言いたくなります。 ベッキーの場合はもっと辛辣だったように思えます。 嘘をついたのですから、責められても仕方のないところですが、質問の内容が「たら」「れば」ばかりで幼稚すぎます。 二人とも覚悟を決めて会見に臨んでいるのですから、マスコミもやじ馬根性や正義の味方的態度で話を聞くのではなく、真摯にマイクを向けるべきです。 ただ、ベッキーはまだマスコミの前には出てくるべきではなかったと個人的には思っています。 サンドバック状態になるのは目に見えています。 二人の狭間で、一番ふざけたインタビューは、三遊亭圓楽でした。 

失独家庭

2016.06.10

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 今朝のテレビは何処も、乳がんの話ばかりです。 日本人女性の12人に一人が乳がんに罹るリスクがあると言います。 おっぱい好きの私にとっては、心痛む話です。 ステージも高い様で、他人ごとなら気になるところです。 今日の話は、横暴が止まらない中国家庭の話。 失独家庭(しつどくかてい)と読みます。 ご存知の様に中国は、長年一人っ子政策を取ってきました。 農村は別です。 後継者の事があるので、第一子が女の子であれば、もう一人産むことが出来ます。 都会は一家に一人です。 その一人っ子が亡くなり、残った親の面倒を看る人が居ない世帯が100万ほどあると言います。 彼らは中国政府の指示に従い、もしその子が亡くなったら、政府が面倒を看ると言っていたのに、今となっては知らぬ顔の半兵衛です。 日本よりも平均寿命の短い中国では、私と同じ年でも、80歳代の容姿です。 病院や介護で面倒を看てくれ人が居ないのは不安です。 ただこの問題、まだまだ増えそうな気配です。 近い将来、中国は日本よりも酷い高齢社会を迎えるのは確実です。 国防費にお金を掛けず、社会保障を考えないと間違いなく暴動が起こります。 その日が来るのが、今から楽しみです。 

徒労感

2016.06.09

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 「徒労に帰す」などと言う言葉があります。 意味は「骨を折って働いても役に立たない事」と書いてありました。 医療福祉現場で働いている人たちは、他人より多く徒労感を感じているはずです。 一つには給与、次に待遇など上げればきりがありませんが、その分を補うのが達成感や充実感などです。 介護職員は高齢者を大事にお世話しながら、少しの体調不良を見逃さず、大事になる前に病院に連れて行き手当をしてもらうのですが、入院からたったの二三日で亡くなられるとそのショックは徒労感に変わります。 一体何がどうした、一体何が悪かったのか自問自答の繰り返しです。
 年度が変わってから、そんな事が立て続けです。 入居者の一人は亡くなり、一人は一月後に退院できましたが再入院の可能性は大です。 そして、もう一人は一週間の入院と言われのに、急遽家族に延命措置をしますかとの判断を仰ぐ状態です。 これって一体何なの話しと言いたくなります。 何年もホームでお世話した事が徒労に帰す、瞬間です。 馴染みの関係がない病院で死なせるぐらいなら、ホームの職員に看取られる方がはるかに幸せです。 こんな話は介護現場だけでない事は分かっていますが、徒労感です。 

上海ディズニーランド

2016.06.08

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 今月16日のブランドオープンに向け、仮営業中の上海ディズニーランド、メディアに流れてくる中国人の生態は驚くばかりです。
 皆さんも目にしたでしょうが、そもそも中国人に夢を売る商売など無理です。 ごく一部の人間しか夢を持てない国で働いている人たちは地方からの出稼ぎ人、見に来る客は地方のにわか金持ち、マナーもへったくれもありません。 殆どの人間が、ディズニーのディの字も知らないでしょう。 特に田舎で働いても、年収は2万円ほどと言います。 とても暮らしてはいけません。 ですから、子供を親や親せきに預け、北京・上海に出稼をして田舎に仕送りしています。 食うや食わずで働いている人間に、ウオルト・ディズニーの思いが伝わるとは到底思えません。 このままオープンすれば、中国は外貨を稼ぐよりも、世界中の笑いものになるだけです。 肝心のアトラクションもトラブル続きで、重大事故も起きそうです。 これほど酷いと、かえって笑ってしまいませんか。 中国人の大金持ちの考と、庶民の考えには、大きな溝がしっかりあるのです。 日本のディズニーランドも収益で苦戦していますが、ミッキーマウスか何か、分からない様な食事は出さないでしょう。    

綱紀粛清

2016.06.07

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 幾度となく繰り返される米兵の規律違反。 そもそもアメリカ人に、綱紀粛正などと言う難しい四文字熟語は全く理解できません。 米兵士の平均頭脳は高校生程度です。 中には健康体で、自分の名前が書ければ、入隊OKと言うのもあります。 その様な人間の方が、戦争には使い勝手がとても良いのです。 ですから、どんな厳しい通達が出ても、全ての米兵が正しく理解する事は出来ないと思う事です。 それでなくても、欧米人は物事を自分に都合のよい様に解釈するの人種ですから、始末に悪い。 戦争の誤爆なんぞはその良い例で、何の違和感も感じず命令が下れば、それを遂行する。 間違えれば上官がその処理にあたり、謝罪などはよほどの事がない限りしません。 悩ましいのは、彼らの中にはフレンドリーで良いのも居ると言う事と、その米兵相手に金儲けをして、心を許す沖縄人もいると言う事です。 基本、兵士は猛獣と思わなければならないと言う事です。 沖縄に基地があるうちは、犯罪をなくすのには、不可能です。 また、彼らはこう嘯きます。 沖縄人が起こす犯罪に比べれば、米兵の犯罪など微々たるもので、そんなに目くじらを立てる必要がないと言うのです。 付ける薬がありません。 

無事発見

2016.06.06

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 週末、行方不明の男子の安否を書いた後、無事発見とのニュースが流れ、家族親類・捜索関係者は安堵の胸をなでおろしました。
 私も散々な妄想を展開させましたが、無事に発見されたことに文句はありません。 子供の知恵とか行動は予測が付かない事が証明されました。 奇跡的な偶然が重なった事に感謝するしかありませんが、捜索内容に疑問の声も出ており改めて検証する事になりそうです。 一番手柄を立てた自衛隊員も、喜ばしい話の反面、自衛隊施設の管理責任を問われそうですが、そこは不問に付すと言う事で、しゃんしゃんです。 もう一人、父親だけはこれからの各方面へのお礼行脚始がしばらく続く事くのと、他人の色目が気になり仕事どころではないはずです。 それだけではなく、捜索に加わった方々への経費はどうするのでしょう。 酒とお菓子を持って回って済むものではないと思うのですが。 肝心の男児の健康状態は悪くないと言いますが、たった一人で何日もあんなところに良く居たものです。 私なら夜の暗さに怖くて眠れるものではありません。
 暫くは、マスコミがいろんな事を嗅ぎまわり、ある事ない事掻き立てます。 マスコミのしつけも必要です。 

男児不明

2016.06.03

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 不明男児の捜索が始まって約一週間、連日大掛かりな捜索が行われているのに、何の手掛かりも無いと言うのはおかしな話です。
 また、いろんな妄想が広がります。 本当に父親は男の子をそこに置いて行ったのか? 警察は事故ではなく、密かに事件として父親に事情を聴いているでしょう。 家族の周辺から詳しい聞き込みも初めて居るはずです。 ひょっとして男児は家の押し入れの中から出てくるかもしれません。 妄想です。 また、第三者に車で連れ去られたか、5分くらい戻ったと言いますが、果して本当か?  神隠しではあるまいし、消えてなくなるなど考えられません。 どちらにしても、生存率は低くなっています。 今日からは規模を縮小して捜索が行われますが、良い結末は期待できそうにない状況です。 今週末は各地で運動会が開催されます。 男児にとっては二回目の運動会、練習もしていたでしょうし、楽しみにもしていたはずです。 捜索隊の皆さんも疲労しているでしょうが、皆我が子を探す様に対応しているはずです。 決して、私が妄想する結果でない事を祈ります。 もう隠れんぼは終了です。 鬼の負けです。 明日のブログはお休みです。

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