少し前のプレジデントにこんな記事がありました。 老後のためにと親が残した貯え2000万円がたった2年で無くなった人の話がありました。 話は73歳の父親が徘徊し家に帰れなくなり、警察のお世話になる日々が続き、周囲から介護認定を進められても母親がかたくなに拒否し父親を家に閉じ込めた事で事態が悪化、そのうち母親も認知に・・・。 自分は仕事を辞める訳にいかず、妻に面倒を看させる事も出来ず、老人ホームを見つけたが毎月50万の費用、その他健康保険料、住民税、医者の治療費、生活費、おまけにその方の妻も病気に・・・。 こんなに不幸が重なるかと思えるでしょうが現実にある話です。 そんなこんなで2年で2000万、無くなるでしょう。 救いはその後良いケアマネに出会い特養に入れたことです。 これは他人事ではありません。 私自身も同じ事になる可能性は大いにあります。 日頃から親とのコミニュケーションを十分取っておく必要があります。 皮肉な事にこの方の職業は、危機管理のプロで他人の事は分かるが、自分の事となると考えが甘くなった様です。
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特養そば支援
土曜日は今年あらしくなった、町内の特養のお年寄りたちに新そばを食べて頂きました。 お年寄り職員合わせて180食あれば間に合うとの事でしたが、足りなかったらと思い220食用意しましたが何と足りませんでした。 なかなかの食欲でそばを打った私たちも嬉しい誤算でした。 そば打ち仲間5人がお年寄り達の目の前でそば打ち実演のパフォーマンスを行い、そばのできる様子を見てもらい、解説者がその美味しさをアピールしたこともあって、食欲が増したのではないかと想像しています。 確かに挽きたて、打ち立て、茹でたてとそばの3タテが揃っているのですから不味いわけがありません。 なじみの顔もあり、出来たそばを観せると「美味しそうだ」と自然に声が出て笑顔もいっぱい見せてもらい、やり甲斐を感じました。 このそば支援のスポンサーは美幌ロータリークラブで社会奉仕活動の一環と聞きました。 私が参加するようになって4年目ですが今後も長く続けてほしいものです。
時間ですよ!
女優の森光子さんが亡くなり、日が経つにつれて本当の森光子さんの、人間性の素晴らしさが明らかになり、ますます淋しさがこみ上げる方も多いはずです。 この感じ、美空ひばりが亡くなった時のと同じ様に感じます。 私が森光子さんをテレビで初めて見たのが「時間ですよ」でした。 あの頃はもう一人日本のお母さん役をやっていた、女優さんが(名前が浮かびません。太った方です。)おり森さんの影は薄かった様に思えます。 当時中学性の私には私も森光子や浅田美代子よりも、銭湯の裸の女性の姿の方に興味がありました。 晩年テレビに出る彼女の姿を痛々しく感じていたのは私だけではないでしょう。 特に彼女の目に力がありませんでした。 巷間、彼女はパーキンソン病を患っていたとの話もあり、やっぱりと思えました。 それにしても彼女の女優魂と言うか、サービス精神を追悼テレビで見るたびに「プロたなあ~」とつくづく感心します。 また一つ昭和の匂いが消えました。
鞍替え
国会が今日午後には解散します。 昨日も所要から帰ってくると運悪く、ホームに次期選挙に出馬する、二世候補がお供と一緒に現れました。 あと2分無駄話をしていたら遭遇する事もなかったのに・・・適当にあしらいました。 話を戻して、解散を聞くや否や民主党議員の節操のなさが露見しました。 「鞍替え」です。 中には民主党から自民党に鞍替えする強者もいて、有権者を舐めているのもほどがあります。 鞍替えとは、戦国時代に武将が戦で乗っていた馬がダメになったので、元気な新しい馬に乗り換える事かと思っていたらそうではないのです。 元々は遊郭で働いていた遊女(ホステス)が、売り上げが上がらないのでよその店に代わる事を行ったそうです。 ですから、郭(くるわ)替えがなまって鞍替えなったとの説もあります。 現代用語で言うと、職業・場所・所属を変えるとありますが、こんな国会議員は所属ではなく、職業を変えてもらいたいです。 今の国会議員、銀座のホステスさんより根性も節操も無いようです。
ブチ切れ解散
今日は何を書こうかと悩んでいましたが、天は味方してくれたのか野田首相の解散宣言、森光子さんの死去、ボージョレ解禁etc中でも、野田首相の解散宣言は寝耳に水の国会議員も沢山居たでしょう。 私は野田さんもついにブチ切れた!かと思いました。 一国の首相をさんざん嘘つき呼ばわりし、解散を迫った野党の安倍さんも私はどうかと思います。 そもそも自民党がつまずいた始まりは安倍さんあんただろうと言いたい、政権を途中で投げ出しどの面下げて嘘つき呼ばわり出来るのか、面の皮が厚いのは政治家になる必要条件なのでしょう。 私も解散を希望する一人です。 この3年間、政権が代わって良かった事は高速料金がちょっとの間タダになった事だけです。 後は記憶にありません。 とは言え、選挙はあります。 ではこの地域から誰を選ぶかと言うと誰もいません。
若い御用聞きの様な奴とか、コバンザメの様に振る舞う奴とか、角野卓造みたいなオバサンとかでは、選挙以前の問題です。 野田首相でなく、私もブチ切れます。
大根収穫
昨日は久々のお天気、やっぱりお日様の顔を観ると気持ちも晴れ晴れするものです。 そこで今年の大根の最期の収穫をしてきました。 先月から天気の良い日を選んで食べる分だけ大根を収穫してきましたが、昨日が最期の取納めです。 雨上がりの後の畑でしたから、長靴があっという間に泥んこになり、重くて大変でしたが200本ほどの大根と白菜を収穫しました。 後は越冬用に畑に埋め替えたり、漬物にしたり、ご近所に配ったりと行き先が決まりました。 この時期スーパーの売り出しで買う方がお安いのかもしれませんが、大根を抜くと言う作業が楽しいのです。 以前は入居者さん達を連れて行きましたが、平均年齢88歳では辛いものがあり、出来た漬物を美味しく消費してくれることに頑張ってもらいます。
今朝起きると腰が痛いのですが、これから網走に受診の付き添いで行きます。 ついでに大根と玉ねぎを積んで知り合いの所においてきて、その後整骨院で電気を掛けてもらう予定です。 来年はどうなる事でしょう。
ゾゾタウン
ゾゾタウン?若い人はご存じのブランド衣料の通信販売サイトの事です。 そのゾゾタウンの社長の一言で、ネットが炎上してしまいました。 事の起こりは、あるユーザーが商品の送料が高いとツイッターで囁いたところ、前沢社長が「ただで商品が届くと思うんじゃね~よ、二度と注文しなくてもいいわ」などと応酬し、その批判は広まり収拾がつかなくなりました。 先月31日の決算会で、社長が謝罪し「ゾゾタウンは生まれ変わり、私自身も心を入れ替えます」とコメントし、送料の無料化を打ち出しました。 あり意味、身から出た錆と言うか、口は災いの下と言うか、謝罪を兼ねた送料無料ですが、その金額は相当なものの様でたぶん今度は商品に送料を添加するのは明らかでしょう。 こんな社長の店の商品を消費者は今後も買い続けるでしょうか? 私は???です。 何事もトップの判断ミスは取り返しのつかない事になるのは間違いないようです。 先日の白鳥の話もその一つです。 気を付けます。
フォーラム終了
土曜日、折り梅の会のフォーラムが無事に終了しました。 ここしばらくの長雨で、聞きに来てくれる人が居るのかと心配しましたが、大勢集まって頂き感謝いたします。 講師の川窪氏の話も分りやすくあっという間の時間でした。 「行方不明から無事に戻れる」方法は幾つかあると思いますが、やはり隣近所の見守り声掛けが一番です。 そのためには日頃の近所付き合いがきちんとできていれば、たとえ行方不明になっても必ず見つけ出せる手がかりはあるはずです。 自ら社会に置き忘れられた存在にだけはならない事です。 認知症になった事で、本人も家族も引きこもりにだけはなってほしくありません。 作詞家西条八十が詩を作れなかった時のエピソードで、歌を忘れたカナリヤは裏の林に埋めましょうか?背戸の藪に埋けましょうか?柳の鞭で打ちましょうか? 認知症で記憶が薄れていく人に、この様な仕打ちがあってはいけない事です。 川窪氏のこの話心に響くものです。 来年もフォーラムを企画しております。 その節は宜しくお願いいたします。 ありがとうございました。
フォーラム案内
明日のフォーラムの案内をします。 「認知症になって安心して暮らせるために」と銘うち、講師に「行方不明から安全に戻れる事を願う会」の初代会長、川窪 政俊氏を迎え講話願います。 高齢者や認知症の方が地域で安心して暮らせるためには、地域の人の細やかな声掛けや見守りが必要とされています。 高齢者や認知症の人でも、日常生活は何ら変わりなく、買い物や散歩に出かけたいのです。 普段通りの生活をして、その時に起こるトラブルをどうしたら解消できるか、どうすれば無事に戻れるのかその話を聞き、高齢者や認知症の人が生き生き生活できる町が作られるヒントが見つかれば良いと思っています。 明日は行事が重なっておりゆっくりブログを書いている時間がないので、宣伝だけします。 結果報告は月曜日にします。 沢山の来場をお待ちしています。
お別れ
今週は以前入居していた方とのお別れが2つありました。 3日はSさん、今日はOさんです。 Sさんは92歳、ホームの中でもお元気な方でしたが、病気が見つかりほぼひと月でのお別れとなり、私も職員もがっかりしたものです。 Oさんは85歳、今年3月の誕生日を皆でお祝いし喜んだのもつかの間、その後入退院の繰り返しとなり、近々に胃ろうの手術を受ける前に旅立ちました。 10月末に私が病院にお見舞いに行ったときは、Sさんは危険な状態に入っていました。 Oさんは眠った状態で、声を掛けると薄目を開けて私を診てくれましたが、あまり良い反応ではありませんが、まだ大丈夫だろうとおもいました。 ホームを開設して毎年一人のペースでお別れがありますが、この様に続く事は珍しく遺影を前にすると、元気な時のお姿があまりにも鮮明に蘇り少々滅入ります。 今日はOさんとのお別れの日ですが、「いってらっしゃい」「ありがとうございました」と声を掛けるつもりです。









