札幌に行った用事の一つに、お見舞いがありました。 亡くなった父の姉を見舞ってきました。 父にとって一番お気に入りの姉で春、まだ元気なうちに訪ねお互い笑って写した写真が思い出の一枚となりました。 その叔母が脊髄圧迫骨折で入院し、今リハビリの最中です。 手稲の静かな場所にそのリハビリはあります。 入って驚いたのは、職員が皆若い事と人数が多い、そしてきちんと挨拶が出来る事です。 介護の現場にこれほど若い人がいる事に、都会と田舎の差を感じました。 田舎の介護現場では人手不足が深刻なのは、何度もお伝えしましたが、居るところには人はいると言う事です。 羨ましいやら、ヨダレが出るやら、私がリハビリに入ったら、一生懸命リハビリをするとすぐ退院させられるので、ダラダラと時間をかけ面倒を看てもらいます。 叔母に付いた職員は、個人個人のリハビリプログラムに沿って、作業を進めます。 ベットから降りるのも、慌てず本人の力を見極めながら声がけをします。
そこは、実習の受け入れも行っており、職員も自信を持って働いていました。 田舎のリハビリしか見ていなかったので、新鮮でした。 当然、スカウトを試みましたが、田舎はちょっとと言われました。
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リハビリ
ロリータ
昨日は日帰りで札幌に行ってきました。 若いから大丈夫と思っていましたが、確実に歳には勝てないと実感しました。 三件用事を終わらし、何とか帰ってきましたが疲れました。 そんな札幌地下街で、仲良く手を繋いだロリータファッションの二人連れとすれ違い、一瞬瞳孔が開きました。 一人は女性?で間違いなのですが、もう一人はどう見てもチンが付いている様に見えたのです。 う~ん、ロリータ? 言葉ではよく、どのツラ下げてと言いますが、札幌の人たちはこの様な人を見るのは日常茶飯事で気にもならないのでしょう。 私からすると世も末。 オカマバーでもあるまいし、もっと言えばホラーです。 世の中、北海道に北朝鮮からミサイルが飛んでくると、真剣に騒いでいるのがバカらしくなります。 平和ボケは、札幌だけの話ではありません。 アキバに行けばこの様な人たちがごろごろいるのでしょうが、私の頭でそれを理解すれと言われても、回路がショートしてしまいます。 なぜ・どうしてと妄想をするので、認知症予防には効果がありそうです。 たまに、札幌に行き、脳に刺激を受けるのをお勧めします。 但し、その事で心臓が急停止しても責任は負いません。
避難要綱
北朝鮮の挑発が止まりません。 先日、北海道上空にミサイルが飛んで来た事で、他人事と思っていた事がいきなり現実を突きつけられました。 そこで、北海道からミサイル飛来時の対処についていての通達がありました。 屋外では、丈夫な建物に逃げ込むか、地下に逃げ込むと書いてあります。 室内では出来るだけ窓から離れるか、窓のない部屋に身を寄せなさいと書いてありますが、ホームの外を見ると、丈夫な建物など見当たりません。 勿論、地下街などと言うものもありません。 地下と言えば、ムロくらいですが、そこに18人のお年寄りは入れません。 窓のない部屋もなく、
ミサイルが飛んで来たら、手を合わせて成仏するしかない様です。
ミサイルも理不尽ですが、この通達も全くもって、理不尽な話です。 何も出来ないのなら、混乱を煽るような通達は出さないでほしい。 どうせダメなら、何もわからず、一瞬であの世に行く方が気が楽です。 マスコミも想像や予測で危機感を煽らないでほしいものです。 一人暮らしのお年寄りなど、食事が喉を通らなくなったり、夜も眠れず持病が悪くなるのではないかと心配です。 トランプさん、一刻も早く問題を解決してください。
おちょこちょい
おちょこちょいな人間が居るものです。 彼女にプロポーズをして、喜びのあまり、橋の欄干から落下、7時間後に遺体で発見。
ちょっとマンガの様な話ですが、死んだ男性は今頃、相当後悔してると思いますが、もっと可愛そうなのはプロポーズを受け喜びの絶頂だった彼女ではないでしょうか。 気が付けば、天国から地獄に真っ逆さまに突き落とされました。 いっそのこと、一緒に落ちて仲良く天国でも良かったと思うのは、天邪鬼な私の考えです。
沖縄の人がけっしておちょこちょいとは言いませんが、南国のノリがこの様な悲劇を生みました。 辞書におちょこちょいとは、考えないで軽々しい行動をとる人とありますが、あまりに軽率な行動でした。 お酒も飲んでいたと言います、そこまで行くのには車で行ったのでしょう。 一つ間違えれば、交通事故で二人ともお陀仏になっていたかもしれません。 近頃テレビで、プロポーズをサプライズする人たちが居ますが、普通に足場のしっかりした処で、酒を飲まず、結婚してくださいで良いのです。 世の中の浮かれた若者たちに良い警鐘となりました。 人生そんなに甘くない、神様はなんでもOKではないと言う事です。 気を付けましょう。
新そば祭り
土曜日時間をつくって、幌加内の新そば祭りに行ってきました。
色々お世話になった方々にご挨拶をする事と、やはり新そばと聞くと心が騒ぎます。 今年の新そばは久しぶりに良いです。 味も色も香りも良かったです。 毎年、お盆明けの収穫時期はお天気が悪く、新そば祭りに出てくるそば粉はイマイチでしたが、今年は違います。 昨日、新そばを打ちそば好きに配りました。 まだ反応はありませんが、満足してもらったと思います。 毎年新そば祭りに行き、イヤと言うほどそばを打つのですが今年はそうは行かず、一観客としてそば祭りを見てきました。 今年は、人の出が少し少ない様に思えました。 私はお昼には帰りましたが、帰り道には車が数珠つなぎになっていたので、やはり賑わった事でしょう。 亡くなった父がそば好きで、幌加内にも何度か足を運び新そばを楽しんでいました。 ですから、そば仲間から新そばを頂、夕方それを湯がいて、仏前にお供えしました。 屋台を通ると、あれもこれもと屋台の物を買い込んでいた父の姿を思い出しました。 今年は、そば祭りに参加する事は自粛する予定です。 老若男女が笑顔で新そばを食べている姿は、いつ見ても嬉しくなります。
野球とサッカー
昨晩はスポーツ好きにとっては、どちらのテレビを観ようか、迷ったのではないでしょうか。 野球は大谷が投げ、ハリルジャパンはワールドカップの切符を手にすることが出来るか、天下分け目の戦いでした。 野球は大谷が160㎞を投げ会場をどよめかせましたが、その160㎞を打たれ3ランを浴び、チャンチャン。 ヤンキースの偵察人たちがどの様な評価をしたか知りたいところです。 そしてサッカー。 良くやりました。 相性の悪いオーストラリア戦でしたが、若者が結果を出してくれました。 完勝でした。 サッカー好きにはたまらない一日となったでしょう。 ネームバリューの低い選手を先発起用したハリル監督、彼自身イチかバチかの勝負を掛けました。 負ければ退任を表明していた事でしょう。 本田は過去の人の様に言われますが、彼がベンチに座っているだけで、相手にはプレッシャーになっていたと思います。 それに引き換えお隣韓国は勝ち点を奪えず、ワールドカップ出場に黄色信号が点滅しました。 原因はいろいろあるようですが、過去の栄光にすがり、他国の力を見くびっていた結果です。 今しばらく、韓国サッカーの暗黒時代が続きそうです。
葬式エピソード3
葬式の話も今日で終わりにします。 最後に葬式をきちんと済ませるのには、遺族が元気でなければならないと言う話をします。 昔は、家で看取りをするのが当たり前でしたが、その分家族は皆ヘトヘトで葬儀終了後に寝込むなどと言う話もありました。 私達家族の場合、こころは痛んでいますが、体はさほどでもありません。 それは、父が家族に負担を掛けなかった事もありますが、なんと言っても美幌町が在宅医療に力を注いでいる結果です。 訪問医療・訪問看護・訪問入浴等介護保険で使えるものは十分使わせてもらいました。 訪問介護の部分は、仕事柄私達家族の手で行い事足りました。 特に訪看の皆さんは私達家族の思いに寄り添って、最善の支援をして頂きました。 感謝と言う言葉しかありません。 病院に入れば、家族は安心なのですが、本人は不安でたまらないと思います。 住み慣れた家で最期を迎える。 それも家族に看取られれば、本人も安心して浄土に行けます。 ただ、寝たっきりで二年三年家で介護するのは大変な話ですが、実際行っている人も居ます。 この様に頑張っている人たちに、私の経験からどの様な支援が出来るか考えていきたいと思っています。
葬式エピソード2
今朝、家の中で聞きなれない音が鳴り響きました。 Jアラートの音だと気づくまでに、時間がかかりました。 本番なら、アラームが鳴った時点でミサイルが落ちており、一巻の終わりです。 私はパジャマのままで、影も形も無くなると言う事です。 なんだか~なア~です。 昨日の続きです。 そもそも、葬儀は誰のためにやるかと言う話です。 亡くなった方を偲ぶものなのか、遺族の満足・見栄のためにやるのか。 結局は、葬儀屋のためにやるのです。 葬儀だけは、事前に案内状が出せないで葬儀屋の段取りで事が進みます。 本当はそろそろかと思ったところで、家族で相談すれば良いのですが、それはタブーです。 ですから、これから亡くなる予定の方は、元気なうちにエンディングノートを書き上げておく事をお勧めします。 私は必ず書きます。 祭壇・棺・死に装束ete。 これがあると残された遺族はどれほど助かる事か。 父は葬儀場だけは言残しましたが、後は残されたもので好きにやれと言いました。 これが一番困るパターンです。 元気なうちに葬儀プロデューサーと相談しておくのが一番です。 それと、戒名も生きているうちに決めましょう。 逆に長生きするとも言われます。
葬式エピソード1
8/23日、父が亡くなり、未だに慌ただしく自分自身の心の整理もつかないまま、今日から仕事に復帰します。 また、父の葬儀に際しまして多くの方々からご丁重な弔問を頂き、この場を借りて厚くお礼申し上げます。 誠に有り難うございました。 この日が来ることの覚悟は出来ていましたが、胸中は未だ複雑なものがあります。 そんな気持ちをブログで書きながら、少しづつ整理していきたいと思いますのでお付き合いください。 中でも葬儀を出す事の難しさを思い知らされました。 父の葬儀は私の思い描いていたものとは少し違っていました。 私の希望は、家族葬でこじんまりと行いたいと決めていましたが、親戚身内の意見を聞き入れました。 ただ一つ、斎場を菩提寺で行う事だけは譲る事が出来ませんでした。 それは、生前父が良く口にしていたからです。 弔問に来られた方はご存知ですが、我が寺の斎場はけっして恥ずかしいものではなく、むしろ立派な部類ですが、近頃は猫も杓子も町内の斎場を使います。 これを機に、檀家の皆様がお寺に戻ってくれば良いと思っています。 葬儀のエピソードはまだまだ続きますが、私の泣き笑いに今少しお付き合いください。
事件か事故か
岐阜の老人介護施設で、3週間余りで3人が亡くなり、2人が入院していると言う悲しいニュースが流れた事はご存知でしょう。 またかの一言で聞き流されてしまいますが、介護現場の信頼と介護職員の信用は益々失墜していきます。 関わっていた30代の男性職員は退職させられ、関与を否定していますが今後の検証で事件か事故かはっきりするでしょう。 新聞の記事だけでは判断できませんが、事故とも事件ともはっきりしないグレー状態です。 介護の現場はいろんな問題を含んでいます。 給与の問題、人手不足による長時間労働、明るい先行きは見えません。 田舎の町程その問題は深刻です。 そんな疲弊した環境で働くと心と体に問題が起こるのは明らかです。 ただそのはけ口が、お年寄りと言うのは許される事でありません。 昨年、障がい者施設を襲った人間は問題外としても、その危険性は無くなるどころか、大きくなっている事は確かです。 やはり、質の良い外国人労働者を確保する方向になっていくのではないかと思われます。 この風潮が、伝染病の様に広がっていくのではないかと心配するのと、お国の監視が厳しくなるのではないかと危惧しています。









