2019.06.11
「詩梨」と書いて「ことり」と呼ぶ、何とも愛らしい名前ではないですか。 千葉の虐待死から始まり、滋賀の交通事故、川崎の殺傷事件、札幌の育児放棄、どれも痛ましい限りです。 他にも数えればきりがありませんが、札幌の事件の顛末がテレビで流れる度に
怒りを覚えるのは私だけではないでしょう。 この事件については書きたくないと思っていましたが、ここに来て大人同士の責任のなすり合いに黙ってはいられなくなりました。 幼子の命が奪われ、再発防止の方策が話し合われなければならないのに、言った・言わないの水掛け論、職員が足りないと言う責任逃れ、今この時も虐待で苦しんでいる子供はいるはずなんです。 危険なサインを市民は見逃さず、行政・警察に通報しながらこの有様です。 法律の見直しが必要です。 刑罰を重くするのは勿論ですが、行政職員に対する裁量権を見直し、職務を遂行できない職員に対する処分も重くすべきです。 いったい誰が亡くなった詩梨ちゃんの無念を晴らしてくれるのでしょうか? 誰が、詩梨ちゃんの体に付いたタバコの傷を無くしてくれるのでしょうか? 行政・警察・市民・親族、責任放棄となすり合いでは、詩梨ちゃんは成仏できません。